最先端を含む多種多様なジャズが、世界中で最も集積している都市・ニューヨーク。ジャズギターの研鑽に勤しむ身としては、やはり気になる存在です。今回はニューヨークで活躍するジャズギタリスト高免信喜さんに、NYジャズのいまについて聞いてみたいと思います。
参考)達人に聞く vol.10 高免信喜さん
https://jazzguitarnote.info/2020/02/14/takamen-nobuki/
お言葉に甘えて沢山の設問をお願いしてしまったので、2回に分けての連載となります。高免さん、宜しくお願いします。
■アメリカで、ジャズは、どのように捉えられているのでしょう?
日本と同様、ジャズを古き良きものと捉えていらっしゃる方はいます。アメリカでは、ジャズが最もポピュラーだった時代があり、その時代を懐かしく思う方も多いように思います。
そういった古き良きジャズ好きのお客さんが多い場では、私もオーソドックスなスイングジャズの曲を選ぶようにしています。いま住んでいるところはマンハッタンから車で5分くらい、ニュージャージー側なのですが、この近隣で演奏する時はフランクシナトラの曲などをより多く選びます。
また、僕がトリオで演奏するときはオリジナルの曲が多いのですが、合間に懐かしいスタンダードを演奏すると喜んでくれる方も多くいらっしゃいます。
■テレビや新聞など、マスメディアでもジャズが扱われているのでしょうか?
テレビで、ジャズが演奏されたり、ジャズギタリストが出演している、といったことはほぼ無いです。そもそも、NetflixやYouTubeなどに流れて、テレビを観ている人が日本より少ないかもしれませんね。
ジャズが聴けるメディアということではネットラジオがあります。例えば、アメリカで最もジャズが掛かっているラジオ局WBGOでは、WEBサイト上で様々なジャズを聴くことができます。
また「ホリデーシーズンになったから、チャーリーブラウン・クリスマスを聴こう」という風に、一般の家庭の一部にジャズが入っている部分もあります。チャーリーブラウン・クリスマスはヴィンス・ガラルディ(Vince Guaraldi)がピアノを弾いていて、思いっきりジャズのアルバムなんです。そういった面で、自然とアメリカの生活にジャズが強く結びついているところはありますね。
(編集者注)スヌーピーとチャーリー・ブラウンが主役のTVアニメ「Peanuts」のために、ヴィンス・ガラルディ・トリオが制作したクリスマス・アルバム「ア・チャーリー・ブラウン・クリスマス」。1965年の発表以来、クリスマス・アルバムの超定番とされている。
なお、中・高校にはスクールバンドという部活動があります。日本だと吹奏楽とか管弦楽が多いのでしょうが、こちらではジャズが好きな先生が多く、「昔、スクールバンドでジャズ演ってたんだよね」という話はよく聞きます。
■スタンダード曲とは、どういう存在なんでしょう?
先ほどお話をしたように、一般の方々にとってのスタンダードは、このシーズンになって聴くヴィンス・ガラルディやメルトーメのクリスマスソングのような音楽です。ジャズにノスタルジックな雰囲気を感じる方、感じたい方が多いのかもしれません。
一方で、ジャズミュージシャンにとってのスタンダードは、ある程度、知っておくべき音楽になります。ジャズミュージシャンが集まって演奏する場では、共通の認識として知っていないとコミュニケーションが成立しません。例外的には、めちゃくちゃ上手いのに、スタンダードになるとまるで弾けない、なんて人もいますけど(笑)。弾ける曲がAlone Togetherだけで、それ以外の曲は「いやーちょっと分かんない」なんてね。ホントかよーって思いますけど(笑)。
僕は演奏に行って困らないくらいは知っているレベルですが、スタンダードはジャズミュージシャンとしてはすごく大切な要素だと思います。スタンダードを知ることで、セッションやギグで演奏できるだけでなく、作曲やアドリブにおいても、自分の音楽性を高めてくれるからです。
■ニューヨークのジャズは、やはり米国の中でも特別な存在なんでしょうか
そうですね。ニューヨークは米国と言わず、世界的に特別な地域だと思います。ニューヨークにいると気づかないところもあるのですが、ヨーロッパなど他国ツアーから帰ってくると、やっぱりユニークなところだな、と感じます。
ニューヨークでは、正解を求めて音楽を演る人よりも、自分の中の正解を創ろうとしてい人が多いのかな。現在進行形の音楽を創っているひと、クリエーティブな指向のひとが多いイメージ。
ジャズギターだと、ラッセル・マローン(Russell Malone,1963-)、ピーター・バーンスタイン(Peter Bernstein,1967-)、ジョナサン・クライスバーグ(Jonathan Kreisberg,1972-)、アダム・ロジャーズ(Adam Rogers,1965-)など、ギタリストが思い浮かべる先端の演奏家たちが、ニューヨークを拠点にしていますよね。あとは、今はヨーロッパを拠点にしているカート・ローゼンウィンケル(Kurt Rosenwinkel,1970-)も、長い間ニューヨークにいましたし。
ニューヨーク以外のアメリカのほかの都市では、自分の音楽を創っている人もたくさんいますが、ニューヨークの真似をしようとしている演奏家が多いという印象もあります。
あとね、西と東の違いもあるんです。NAMM Show(編集者注:1月に西海岸カリフォルニア州アナハイムで開催される世界最大級の楽器の祭典)に仕事で行った時の話。演奏の合間に会場を回っていて、明るい曲が演奏されているなと思って、よくよく聞いてみたらバラードだったんです。マイナーな曲を演っているのに、やたらと明るい。西と東は空気感がかなり違いますね(笑)。
アメリカにGoingWEST(編集者注:19世紀、人口過密や労働問題で苦しむ東部の若者に、西部開拓を呼びかけた)という有名なスローガンがありますが、東部から西部に行くと段々とオプティミスティック(楽観的)になっていく。音楽にも、その志向が反映されているんでしょう。
■生演奏が聴けるスポットが150以上あると聞きますが。。
グリニッジ・ヴィレッジ(編集者注:Greenwich Villageはニューヨーク市マンハッタン区ダウンタウンにある地区)のエリアには、ジャズのスポットが集まっています。
ジャズを聴く機会としては(1)生演奏が聴ける店、(2)BGMとして掛かっている店、(3)クリスマスやホリデーシーズンのパーティでの演奏、などがあります。コロナがあって生演奏の制限はありましたが、確かにジャズスポットは多いです。
ジャズクラブにも、観光客が集まるような華やかなジャズを演っている店もあれば、マニアックなジャズを演っている店もあったりと多様です。
■コロナ禍の影響は深刻ですか?
コロナの時期は、ジャズの生演奏はほとんどありませんでした。じつは、ニューヨーク市の1回目のロックダウンが解除されて、数週間だけ店内での営業が再開したときに、Blue Note NYから出演依頼が来たのですが、思い切ってオファーを引き受けて出演しました。演奏の次の週には2回目のロックダウンになったので、この演奏がコロナ期間中の自分のトリオでの唯一のコンサートになりました。
Jazz Standardという有名な店は、コロナ影響で閉店してしまいました(2020年12月)。Village Vanguard(1935年開店)などの歴史的な店は、公的な支援もあったのではないかと思いますが、多くの店が苦しい経営を強いられたはずです。
■ジャズギタリストがチェックしておくべき店をご紹介ください。
Bar Next Doorというお店。まだコロナ後で再開していないのですが、ギタートリオ(ギター、ベース、ドラム)が多く、現在形のスゴイ人たちの演奏を聴くことができます。僕も定期的に演奏していた時期がありました。
https://www.lalanternacaffe.com/barnextdoor.html
あとは55BAR。マイク・スターン(Mike Stern,1953-)やベン・モンダー(Ben Monder,1962-)、ウェイン・クランツ(Wayne Krantz,1956-)、アダム・ロジャーズ(Adam Rogers,1965-)など、素晴らしいギタリストが定期的に出ています。
あとトラディショナルなギターを中心に、いろんなスタイルのミュージシャンが出演しているSmallsはお勧めです。
これらのお店では、出演者としてだけでなく、有名なミュージシャンの出現率も高いです。僕の知り合いは、客席でパット・マルティーノ(Pat Martino,1944-2021)と一緒になったと言っていました。僕がVillage Vanguardに行った時は、Elvis CostelloがDiana Krallと来ていたのを見かけました。聞いた話では、カート・ローゼンウィンケル (Kurt Rosenwinkel,1970-)が演奏している時にEric Claptonが来ていたとか(笑)。
(編集者から質問:高免さんの演奏を聴きたいと思ったら、何処に行けば良いですか?)マンハッタンのいろんな場所で演奏していますが、コロナのロックダウン前には、トライベッカというエリアにあるBbという店で、自分のトリオでレギュラーで演らせてもらっていました。そこが再開したら出演することになると思います。
■ギターリストが立ち寄っておきたい楽器店は何処でしょう?
ソーホーにあるルディーズかな。
あと、箱モノではありませんが、13th.StreetGuitarstというお店も。昔、13th.Streetにあって、今は移転して別の場所にあるので間違えないようにしてくださいね。ここはソリッド系やエフェクターも充実しています。
https://www.13thstreetguitars.com/
お勧めは上記の2店でしょうか。両店とも、試奏も大丈夫です。かつて日本で試奏させてもらおうと楽器店の方に尋ねたら、「買うつもりですか?買わない人には試奏をお断りしています」と言われたことがあるんです。アメリカでは、少なくもそんな話は聞いたことがない。やっぱりいいギターは弾いてみないとね。
■無謀にもNYでセッションに参加しようと思ったら、可能でしょうか?
セッションのお作法は、日本とさほど変わらないと思います。ただ、あまり譜面を見ている人はいませんね。お店によっては、嫌がる人もいると思います。最低限、譜面を見ないで弾ける曲を持っていることが前提になるかと。
ただ、サックスやボーカルの人たちが優先されることが多いので、あらかじめ「この曲が演りたいのだけれど」ということを伝えておくと良いでしょう。素直に伝えれば、ウェルカムにしてくれるところもあると思うので。英語に自信のない方は、メモをご準備しておくと良いかもしれませんね。
(編集者から質問:厚かましいご相談ですが、有償を前提に、高免さんにお願いしたら、セッションに連れていっていただけたりするものでしょうか?)いいですよ。行きたい店や演りたいジャンルとか聞かせてもらえればアレンジします。
■高免信喜(たかめん のぶき)
http://jp.nobukitakamen.com/
1977年広島県広島市生まれ。桜美林大学を卒業後、2001年にアメリカに渡り、ボストンのバークリー音楽大学に入学。2004年に同大学を首席で卒業と同時に、活動の拠点をニューヨークに移す。以来、トリオ、ソロギター演奏をベースにグローバルな演奏活動を続ける。自己のグループでは、Iridium Jazz Club、Blue Note NY、Blues Alleyなどに出演し、世界最大級のモントリオール国際ジャズフェスティバル、そしてその他数多くのジャズフェスティバルからも招聘され出演する。ニューヨークを中心とした演奏活動に加え、北米やヨーロッパでのツアーも行い、2004年からは毎年日本ツアーも行っている。これまでにWhat’s New Records、Summit Recordsなどからオリジナル曲を中心とした7枚のリーダーアルバムを発表し、世界各国のメディアに取り上げられる。特に最新作『The Nobuki Takamen Trio』はオールアバウトジャズ誌で5つ星を獲得し、「これまでに日本が輩出した最高のジャズギタリストであることは間違いないだろう。」と絶賛される。演奏家としてだけでなく、全米のUSA Songwriting Competition 2019のインスト部門で第1位を獲得するなど、作曲家としても高い評価を得ている。演奏家/作曲家としてだけでなく、世界各地のジャズワークショップや学校訪問を行うなど教育面にも力を入れており、ギタリストを対象とした個人レッスン、通信レッスン、YouTubeなどでも積極的に情報を発信している。Acoustic Image社、Raezer’s Edge社、Eventide社、Sommer Cable、Reunion Blues エンドースメント・アーティスト。
■前編の最後に(編集者から)
前編では、アメリカにおけるジャズの位置付け、また、ニューヨークでジャズを満喫するためのお勧めスポットなど、「場」をテーマに色々とお聞きしました。まだまだコロナの影響が根深く残っている印象を受けましたが、落ちついたら、ジャズギター三昧のニューヨーク旅行に行ってみたいですね。
コロナの経験によって、リモートで出来ちゃうことが拡張されました。一方で、わざわざ足を運んでリアルで見ること・経験することの意味や価値が、以前にも増して意識されるようになっています。なかなか移住や留学は叶わないことかと思うので、滞在中はリアルだからこそ出来る、充実した時間を過ごしたいですね。
次回・後編は「ひと」に焦点を当ててお聞きしてゆきます。宜しかったらお立ち寄りください。