前回、小規模ライブでハウリング対応に困った記事を書きました。これまでストラトとフルアコを場面で使い分けることで、セミアコには手を出さないまま過ごしてきたのですが、いよいよ潮時のようです。腹をくくり、自分に合ったセミアコを探すことにしました。
◼️本家Gibsonに敬意を払いつつ
ES-335に代表されるGibsonのセミアコは、現在も多くの支持を集める素晴らしい楽器です。まずは本家Gibsonセミアコを知っておこうと、神田クロサワ楽器Tokyo G clubを訪ねました。客が私ひとりだったこともあり、壁一面に吊るされたセミアコを丁寧にご解説くださって。 Gibsonセミアコを探されている方は、ぜひ立ち寄ってみることをお薦めします。その質と量に圧倒されること必至です。
https://www.kurosawagakki.com/sh_g_club/hollow.html
本家Gibsonに敬意を払いつつ、この寄り道ノートとしては、オリジナリティを追求する国産ブランドも応援したい。ということで何日か掛けて、横浜・神田の楽器店を巡りました。
そんななか、とある楽器店でThreeDots Guitarsという国産ブランドを試奏する機会に恵まれたんです。そして、その弾きやすさにびっくり。事前に、ある程度、国産ブランドは下調べして回っていたのですが、店頭で出会うまで、ブランドの存在すら知りませんでした。
その後、楽器店を巡って幾つか国産ブランドを試奏させてもらったのですが、ThreeDots Guitarsのセミアコモデルが、最も相性が良い気がしたんです。
◼️ 楽器が持つツールとしてのあるべき姿を追求
ThreeDots Guitarsの製造・発売元であるオカダインターナショナルさんのブランドHPに、こんな説明があります。
https://www.okada-web.com/three-dots-guitars
「『弾きやすい』『トラブルの少ない』『低価格』これらは楽器を作ることにおいて考え方が異なります。ThreeDots Guitars は、この難題への挑戦として『Playability 、Reliability 、Affordability』の 3 つのポイントを基に、次世代のミュージシャン達へ紡ぎたいメッセージ『楽器が持つツールとしてのあるべき姿』を伝えるべくスタジオミュージシャン達と共に Okada International にて製品開発を行っております」
実際に試奏してから、ブランドHPを読んだことが影響したのかもしれませんが、他ブランドとは一味違った、作り手としての意志や愛を感じました。そんなことで今回は、久しぶりの「名工に聞く」連載記事として、ThreeDots Guitarsさんに取材に伺うことにします。
(参考)「名工に聞く vol.1 山岡則正さん」 https://jazzguitarnote.info/2019/08/20/yamaoka/
◼️中のひと。成さんと菊地さん
お忙しいなか、お時間を割いてくださったのは、オカダ・インターナショナルの成さんと、菊地さん。
写真右:成 勲擇(せい くんたく)さん
オカダ・インターナショナル 代表取締役社長
写真左:菊地嘉幸(きくち よしゆき)さん
オカダ・インターナショナル 常務取締役、ギター部門責任者
ギター部門の代表を務める菊地さんは、若い頃に単身渡米しSadowsky Guitars NYCの工房で技術を学ばれました。帰国後、Roger Sadowskyとの密接な関係を保ちながら、JTシリーズ、Metrolineシリーズ,Sadowsky TYOなどを世に送り出されてきた方です。
※お二人の詳細プロフィールは記事下に記載。
※以降、敬称略とさせていただきます。
◼️ThreeDots Guitarsの源流は30年前に遡る
成「ThreeDots Guitarsの元を辿れば、30数年前にSadowskyの輸入・販売を始めたことに端を発しているんです。発売から暫くして、そのメンテナンスを菊地にやってもらうようになりました。その当時、菊地は自身でアトリエ Zという会社を立ち上げていましてね。Sadowskyを扱っているうちに、菊地は『なんで、こんなに精緻に出来ているのか?』という好奇心や疑問が起きてきたようで、『後任にブランドを譲って、修行に行きたい』と言ってきたんです」
菊地「そう、30歳前くらいの年齢でしたね。30過ぎたら、ヒトに頭下げるのも億劫になるだろうし。今行くしかないやと思って(笑)」
成「Sadowskyの輸入販売をしていた関係で、うちの会社からSadowskyにお願いをして、受け入れてもらうことが出来ました。家族を残して、約1年の修行です。その間は無給でしたが、英語を勉強しながら、Roger Sadowskyから直々に、ギターへの向き合い方を学んで帰ってきた。帰国後、私と一緒にやりたいと言ってくれて、うちの会社に入ってくれたんです」
成「その後、日本でもライセンスを貰って Sadowskyを作れないかという話が出てきて。それが楽器作りを本格的に始めた発端です。Sadowsky のMetrolineというベースラインとか。20年くらい継続していましたね」
成「数年前にSadowskyとの契約が終了して、Metrolineの製造がドイツにシフトしたので、我々の独自ブランドを作ろうという話になって、ThreeDots Guitarsの立ち上げに繋がったんです」
◼️提携工場とともに品質を確保するチャレンジ
成「まず大前提に、アコースティックギターとエレキギターの違いがあります。レオ・フェンダーが考えたインダストリアルスタンダードと、アコースティックなギターとは、モノ作りの基本思想が違います。大量に作ることを前提にしたものと嗜好性の高いもの。一方、Sadowskyは、ルーツがアコースティックなので、アコースティックギターに求められる精緻さをもったエレキギターを作る、という独自のポリシーがあるんです」
成「我々は、Sadowsky Metrolineの製造にチャレンジした時に、1本1本を手作りしなくても、ちゃんとコントロールすれば、均品質のものを作ることが出来る、ということを実証することが出来たんです。生産数は累計で1万本くらいでしたが、世界的に評価を頂くことが出来ました」
成「自社工場ではなく外部工場との連携を前提にしていたので、こちらの示す基準に、どうやって全体の質を上げ維持していくかが重要でした。最初、工場の方々とは、揉めることもありましたよ(笑)。Sadowskyのクオリティを共有するところから始めなければいけなかったんです」
菊地「工場によって、それぞれ得手不得手の分野があります。ある工程においてスペシャルな技術を持っていらっしゃる工場も沢山あります。得意な分野は全面的にお任せして、そうでない部分は加工途中で引き取って社内で完成させるなどして、如何に自社基準で全体の品質管理をおこなうか。信頼関係を築くために、五月蝿がられるくらい、工場に足を運ぶところから始めました」
成「協業する工場さんからは、指定したロット数と単価では、これ以上のクオリティは出せない、と言われてしまうこともあります。菊地1人が1本1本手作りをすることは勿論できます。でも、そこはチャレンジです。数を作るということは、決して手を抜くことではなくて、如何に協業する工場と共に、クオリティを均一に保って作り続けられるか、という前提がある訳で。そこが我々の隠れたアピールポイントでもありますね」
菊地「中にはヘッドデザインとピックアップの指定だけで、あとは全部お任せします、みたいな注文もあるみたいです。確かに工場にとってはすごく有難いお客様なのだと思いますが、私たちは工場の方と議論を重ね、工程が渋滞しないギリギリのところまで、品質の追求に拘りました」
成「Sadowskyを日本で作るときに、日本のモノ作りが生かせるはずだと直感がありました。結果として、それを実証することができました、さらに累計1万本を作るなかで、ノウハウも貯めることが出来ました。難しいけど、やり甲斐のあるところですね」
◼️道具として補正できる余地を残す
成「プロの方にとって、ギターは道具です。そしてSadowskyの命はネックです。気候や気象によって、ネックは動く。当然、自分で調整しなければなりません。そんなときに、トラスロッドで補正がちゃんと出来るかといった耐久性が道具には求められます。調整できるギターであることは、道具として、とても大切なことですね。作る段階で、補正できる遊びの部分を、何処にどう設定しておくかというノウハウ。それを菊地はRogerから学んできた訳です」
菊地「教科書みたいなものがある訳ではないですからねえ(笑)。ハンズオンの中で学ぶ形でした。在籍中に、ちょうどWill Lee(米国、ベーシスト)のビンテージPベースが持ち込まれていて『お前やってみるか』と言われたり。それもRogerの見てる前で。そんなことの繰り返しでした」
菊地「あ、Rストーンズから2本のLP Jr.がリフレットで持ち込まれたときは兄弟子達が奪い合いで作業してしまったので、私は完成したギターを丹念に拭きあげてケースにしまいました(笑)」
◼️ ThreeDots Guitarsで大切にしていること
成「ThreeDots Guitars は、Rogerから引き継いだPlayabilty(弾きやすさ)やReliability(トラブルの少ない)を主軸に、日本の事情を踏まえたAffordability(普段使いしてもらえる道具としての存在)というコンセプトを加えたブランドです。ある意味、単に良いものを高く作ることよりも難しいチャレンジだと思っています」
成「最も大切にしていることはPlayabiltyです。Playabiltyというのは、チューニングしやすい、弾きやすい、といったこと。それは作る精度が高いことが基本にあって成立するものです」
成「ThreeDots Familyに登録くださっているプロミュージシャンは、弾きやすいと評価くださっています。プロに対しては、弾きやすいというのがストロングポイントになります。Playabiltyに関しては『どのメーカーさんと比較しても絶対弾きやすいよね』という方針を貫きたい。それはSadowskyから繋がる、30年の間、脈々と続いている基本姿勢なんです」
https://www.okada-web.com/three-dots-guitars/three-dots-guitars-family
成「一方、音に関しては、好みや主観がありますから、あえて前面に出してないんです。ギターの場合、ピックアップはリプレイス可能ですし、どういうアンプで鳴らすのか、どういうエフェクターを使うのか、そこまでセットしての楽器です。シールド1本変えても、音は変わります」
菊地「設計においては、もちろん音にも拘っていますが、それを押し付けるようなことはしたくありません。ただし楽器選びで試奏していただいたときに、気になってくれる音を出せなければいけません。生音も、プラグインされた音も。直結の音も、エフェクターの乗った音も。気に留めてくださらないと、そもそも選ばれませんから」
菊地「楽器店に並んでいるギターの多くは、音が平坦になるように、荒が目立たないように、狙って作られている印象があります。本来は道具として、プレイヤーが自分の出したい音や感情をストレートに表現できることが大切だと考えます。右手のニュアンスが出しやすいとか、素音ではなるべくコンプ感を出さないとか。そういったことには、とても気を配っていますね」
成「ThreeDots Guitarsは、プロの方、特にセッションプレーヤーの方から高い評価を頂いています。うちは80年代にプロミュージシャン対応のラックシステム(Custom Audio Electronics)を日本で初めて輸入した会社で、メンテナンスも含めてセッションプレーヤーの方々と広く繋がりがあったことが背景にあります。そうした知る人ぞ知る方々からご評価頂けていることは、本当に有難いことです。そこから徐々に評価が広がっている実感もあります」
◼️ Sadowskyのアーチトップギターを担ってきた実績とノウハウ
成「Roger はJimHallのD’Aquistoをメンテナンスしていました。JimがD’Aquistoを持ち歩くのが辛くなり、新しいギターを作ろうかという話になって。結局それから20年近く、こちらでSadowskyのJimHallモデルを作っています。Sadowskyはアコースティックが原点なので、JimHallモデルにも、その思想が反映されています」
菊地「Jim Hallモデルの立ち上げに際しては、Rogerと、何度か一緒に工場に通いました。Sadowskyとの契約は、ベースでは切れてしまいましたが、いまもアーチトップモデルは弊社で作っているんです。(謙虚なご様子で)私は現在もSadowskyアーチトップギターのプロダクションマネージャーとしてのタイトルを持っています。NYで売っているアーチトップも実は日本製なんです」
◼️見よう見真似で始まった日本のギターづくり
成「日本のギターづくりに関してはアカデミックな機関があまりないんです。ギター作りを教えているスクールもありますが、その多くの講師も、カレッジのような場所でアカデミックに学ばれた訳ではない。見よう見真似で始まった日本のギターづくり、見よう見真似で修理してきた人たち。日本はそうした系譜でこれまで来ています。一方、アメリカにはギルドのような職人の繋がりや、リペアする人たちの年に一度のコンベンションがあったりします。職人から弟子に伝承していく流れが出来ている。日本の徒弟制度のようなものですね」
菊地「日本のギター作りでは、そうした制度はあまり無い様に思えます。工場同士も切磋琢磨という観点で積極的に繋がっているところは稀でしょうし。日本人は器用なので、ちょっと見ただけでその仕事が出来てしまう人も沢山いると思いますが、それが故に”もっともっと良いモノ”を探して触れてみよう、というチャンスを逃してしまってるのかもしれません。私はRogerのもとで修業ができて本当に幸運でした」
成「日本のエレキギター作りは、見た目のコピーから始まりました。アコースティックギターや仏壇を作られていた方々が、エレキギター作りを担われたんです。しかし、見よう見真似では、楽器の中身までは引き出せないもの。これから益々、ソフトの部分、中身の部分の追求が求められるところだと思いますね。私たちは、菊地が持ち帰ってくれた、そのソフトの部分を大切にしてギターを作っている訳です」
◼️まずは楽器を触って欲しい
成「若い人たちが、良い楽器に触れる機会が少ないのは勿体ないですね。折角、ギターを好きになって、お店で勧められて買ったけど、弾きにくいから止めてしまった、というようなことは避けたいですから。楽器本来が原因ということもありますが、うまく調整ができていないといったこともあります」
成「また、価値観を値段に頼ってしまっている傾向も懸念です。高いから良いギターだろう、安かったらそれなりだろう、と。どうしてもヒトは値段を見て価値を察してしまう。『安いということは価値も低いでしょ』てね。ThreeDots Guitarsを立ち上げて3年くらいになりますが、まさに課題に感じているところです」
成「私たちは、我々が良いと思うもの、信じているものを送り出しています。いいものを広めたい。その信念を信じてThreeDots Guitarsを選んで頂けたら嬉しいですね」
◼️来春、新たなカスタムギターに近いブランドを立ち上げます
成「来年、Kikuchi Guitarsという新しいブランドを立ち上げます。より菊地が関わって送り出していくラインです。本数も限られ、値段も高くなりますが」
菊地「今まさに最終の設計を詰めているところなので、楽しみにしていてください。Kikuchi Guitarsは特に振動系部分に徹底的に時間をかけて、私ならではの異次元の弾き心地を提供できたらと!」
◼️研鑽に励む若い演奏家に
菊地「元々、ThreeDots Guitarsを立ち上げたキッカケは、ギター講師をやっている方から『生徒のギターの状態があまりに酷いから、1時間掛けて調整してあげたんだ』という話を聞いたこと。『買って、そのまま使えるギリギリのラインって、何処なんだろう?』と、探るところから始まったんです。『このギター持って、プロのギタリストになりたいって思って頑張ったんです』って言ってくれるようなブランドにしたい、という想いを込めてね」
菊地「蓋を開けてみたら、そうした若い方でなく、巨匠と言われる方々に使っていただいていて、そっちを狙ってた訳じゃないんだけどなあ、という状況にはなっていますが(笑)。是非、若い人たちに手に取ってもらいたいです」
菊地「弾きやすいねって、ひとことめに言ってもらえるギターにしたい。自分の表現のための道具として使ってもらいたい。これからギターを始める方にも、既にプロで活躍されている方にも、役に立つ道具を提供したい、という姿勢はずっと変わっていないつもりです」
成「Playability(弾きやすさ)に注力して、楽器屋さんで、色んな楽器を弾いてみてください。Playabilityが、如何に自分にとって大切なものかに気づくはずです。『どんな音がするのか』から入らず、『弾きやすいかどうか』からのギター選びです」
◼️インタビューにご協力いただいた方々(プロフィール)
・成 勲擇(せい くんたく)さん
オカダ・インターナショナル 代表取締役社長
東京都出身。1975年二十歳の時、留学のため渡米。1977年ロサンジェルスのペパーダイン大学に入学し、ラリーカールトン、マーカスミラー、スティーリーダンなどフュージョンミュージックに浸る日々を送ったことが今日の仕事の縁の始まりになる。1985年よりオカダインターナショナルにて、トップミュージシャンが使用する機材を通じて仕事をするミュージシャンのための楽器を追い求め続けている。
・菊地嘉幸(きくち よしゆき)さん
オカダ・インターナショナル 常務取締役、ギター部門責任者
岩手県出身。1990 年、27 歳で ATELIER Z を立ち上げる。1993 年に同ブランドを後任に託し単身渡米。Sadowsky Guitars NYC の工房で技術を学ぶ。帰国後、Sadowsky Tokyo をスタート。Roger Sadowsky との密接な関係を保ちながら、JT シリーズ、Metroline シリーズ、Sadowsky TYO などを世に送り出す。2019 年 Three Dots Guitars を立ち上げ、今日に至る。
◼️最後に(編集者から)
オカダ・インターナショナルさんは、その昔、実家のあった東横線の駅にも近く、今の横浜の家から渋谷までの中間くらいの場所にありました。これが長野だったら取材は叶わなかったでしょう。お二人のお話は予想通りに面白く、あっという間に2時間近くもお邪魔してしまいました。
その弾きやすさから、もっともっと支持されても良いのにと、素直に思います。2極化が進んでいる日本の楽器市場で、独自ポジションを確立していくことは、素人が考える以上に容易ではないのでしょうが、確実に支持が拡がっていくブランドであると感じました。
来年には新しいKikuchi Guitarsブランドの立ち上げも予定されていらっしゃるとのこと。こっそり完成イメージも見せてもらいましたが、お二人の熱いお話を聞かせていただいたこともあり、完成がとても楽しみです。日本のギターづくりの進化に向けて、演奏家にとって役に立つ道具を目指すThreeDots GuitarsやKikuchi Guitarsの理念が、もっともっと広く深く浸透していくことを祈念します。
連載「名工に聞く vol.2 オカダインターナショナルさん」の記事はここまで。成さん・菊地さん、取材ご協力ありがとうございました。
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