「個性を磨く」「自分らしさ」をテーマにした、ギタリストお二人による対談企画。個人的にも興味深いテーマです。もしかすると連載に育つかもしれませんが、ゆるりと始めてみます。
今回、井上智(さとし)さんと高免信喜(たかめんのぶき)さんにご相談し、快諾してくださいました。バークリー大学の講師だったシェリル・ベーリーさんとニュースクールの講師だった井上智さんのライブを、高免さんが観に行ったのがお二人の出会いだったそう。デュオの経験もあるので、それぞれの演奏は既知の仲という関係です。
(参考)達人に聞く vol.14 井上智さん
https://jazzguitarnote.info/2021/05/30/satoshi-inoue/
(参考)達人に聞く vol.10 高免信喜さん
https://jazzguitarnote.info/2020/02/14/takamen-nobuki/
さて、どんな展開になることやら。井上智さん、高免さん。宜しくお願いします。
対談:【井】井上智さん×【高】高免信喜さん、進行:【田】田中直樹(編集者)
◼️影響を受けた3枚のアルバム。3枚目がなかなか決められない
【田】まずは、いまの自分に大きな影響を与えたアーティストを教えて頂けますか?合わせて、最も影響を受けたアルバム3枚の紹介もお願いします。
【高】影響を与えてくれた人。。もちろん井上智さんです。
【井】何、言うとんねん(笑)
【高】智さんとピーター・バーンスタインとのデュオ、ジム・ホールとのデュオ。自分もデュオの仕事が多いのですが、智さんには凄い影響を受けていますね。
影響を受けたアルバムは、ウェス・モンゴメリーの「インクレディブル・ジャズギター」、パット・マルティーノの「イグジット」。この2つはスパッと出てくるんですが、3枚目が迷うんです。
【井】そうそう、3枚目が難しい(笑)
【高】3枚目の候補は色々あるんですけど、ジョン・コルトレーンの「コルトレーンズ・サウンド」、ジム・ホールのトリオのライブアルバム(カナダ収録)とか。うーむ、絞り切れない。
【田】影響を受けるというのは、どのように入ってくるものなんですか?
【高】アルバム全体を通して吸収する感じです。いまの若い人たちはアルバムで聴くということが少ないかもしれないですね。
【田】智さんは如何ですか?
【井】師匠はジム・ホール大先生。彼に会えたことがラッキーでした。あと、僕はバリー・ハリス(ピアニスト)のワークショップに1年半くらい参加して、共演もさせていただいて、影響を受けましたね。今までたくさんの方から学びましたが、まずその二人が先生として大きな存在です。アーティストとしては、ジム・ホールとウエス・モンゴメリですね。ウエスはジャズギターを始めるキッカケとなったアーティストです。
アルバムとしてはジム・ホールの「アローン・トゥギャザー」と、ウエスの「ボス・ギター」。この2枚はパッと思いつきました。2枚が突出していて、3枚目の候補が沢山ありすぎて、選ぶのに困ってしまいますね。ジョージ・ベンソン「ブリージン」とか、コルトレーン「バラード」とかパット・マルティーノ「エルオンブレ」とかね。
とにかく「アローン・トゥギャザー」は自分にとって大きな存在ですねえ。ジムの相方ロン・カーター氏にも、ニューヨーク・シティカレッジというところで学ぶことがあったりして、影響を大きく受けたアルバムです。
◼️なぜ、そのフレーズを選んだのか。背景となるアンサンブルを聴く
【田】大御所のフレーズから、どうやって自分らしさを見出していくのでしょう?
【高】渡米前は、音楽をやっているというより、ギターをやっている、という意識が強かったんです。それが自分の良いところでもあり、コンプレックスでもあったんですけど。当時はウエスのようなサウンドを出したい、というのがあって。フレージングというより、ウエスの持っている声を真似しているというか。子どもが親の声を真似している感覚でしょうか。偉人たちの音を聞くと、これは誰の曲だな、と分かるくらい聞きこみましたね。利き酒のような感覚というか(笑)
それから僕自身は、偉人のフレーズそのものよりも、フレーズがカッコよくなっているアンサンブルのほうに魅力を感じるようになったんです。ウエスのバックで弾いている人たちの演奏がいいとか。ウエスの演奏も、その人たちのバックがなかったら、そういう演奏になってなかったのかな、とか。会話の部分に強く興味がいったので、フレーズとして取り入れよう、というのは少なかったかもしれません。
【田】確かに、ひとつのひとつのフレーズは、そのときのアンサンブルがあって生まれてきているわけですからね。
【高】ジャズを始めた頃に、アローン・トゥギャザーのタブ譜入りの楽譜があって、その通りに弾いてもやっぱりカッコ悪いぞ、という経験があって。ロン・カーターのあのフレーズがあっての演奏であって、ギターだけ切り出しても音楽にならないな、という気がして。
◼️学びの過程においては、コピーし、それを出し続けることが大事
【井】とはいえ、学びの過程においては、人の真似、イミテーションから入るというのは、皆さんに薦めるところでもありますよね。自分の好きなアーティストのフレーズをコピーして、自分で出してみて「うまくいった」とか「やっぱり外れだった」みたいな経験も大切。出し続けることで、身についていくんです。
ジャズの学びをよく語学に例えたりしますが、最初は学校で学んだ「How are you? I am fine,thank you.and..」を言う。言ってみる。それを何百回も繰り返しているうちに、自然にフレーズが出てくるというのがある。好きなアーティストのフレーズのコピーするというのは、否定するものではないよね。
学んだフレーズを違う曲で出す、違うキーでやるというのも含めて、出し続けることで、自分の中で咀嚼していけることもあるからね。自分の好きなアルバムを見つけて聴きまくる、というのはいいことだと思いますよ。聴き込むことも、また沢山聴くことも、また実際の生演奏で音を浴びるということも大切ですね。
◼️ニューヨークは刺激に満ちてる。でも自分は自分。
【田】最近のアーティストからの影響は如何ですか?
【高】音源を聴くというより、ライブに行きますね。先日もオズ・ノイとニア・フェルダーのビターエンドでのライブに行きましたが、現在進行形の音楽は聴くようにしています。
【田】ニューヨークにいると、常にアンテナを張っている感じなのでしょうか。
【井】私がニューヨークにいたのは10年前ですが、次から次へと新世代が出てくる訳です。毎年、バークレーやニュースクールを卒業して、めちゃ上手いやつが出てきたり、いろんな国からシノギを削るために集まってきますよね。仲間からも「アイツ凄いぜ」というのが入ってくるので聴きにいったり。
私がいた頃は、カート・ローゼンウィンケルが出てきた時に大きな嵐になったし、いまでも、その影響力はあるけれど。自分がニュースクールで教えていたときは、ギラッド・ヘクセルマンやヨタム・シルバースタインという後輩がいたり、僕がやっていたギターマスタークラスにメチャ上手いヤツ入ってきたな、と思ったらマイク・モレノだったり。モンスターがでてくる訳ですよ。
そんな風に、確かにニューヨークは刺激的なところなんですけども、かといって、それを聴いて、自分がどうなるというもんでもなくて。自分は自分の道を行くしかないなあ、と思ってましたね。
【高】僕もそうですね。見て刺激は受けますけど、フレージングや曲づくりは、真似てできるものでもないし、やるべきものでもないかもしれない。ただ、コンサートに行くと「なんで、この人たちは、こんな演奏したのかな」と考えるようにはしているというか。「このアンサンブルで、こういう音作りをしたかったのかなあ」と意識して、自分のなかや自分のトリオのなかに取り入れられるかな、と考えたりすることはありますね。
◼️いつもジム・ホールは「ギターばかり聴くな」と言っていた
【田】お二人ともギター以外の楽器について言及がありましたが、その場合、アーティストからの影響というのは、どのように受けるのですか?
【井】僕はロックからジャズに向かったんですが、最初はギターだけの世界でした。で、ジャズスクールに行くと「チャーリー・パーカーを聴きなさい、ビリーズバウンスのサボイの録音を聴きなさい」と言われる。そこからチャーリー・パーカーを聴く、マイルスを聴く、ディジー・ガレスピーを聴く、と拡がっていきましたね。
例えばジム・ホールは、ビル・エバンスやポール・デズモンド、ソニー・ロリンズなど、沢山のアーティストと演奏している。好きなアーティストができたら、過去にサイドマンとして、どんな作品に参加して、どんな演奏をしていたのか辿っていく。「あ、こんなこと演ってたのか」と新たな発見があるよね。
【高】僕の場合は、楽器の音色や奏法をギターに置き換えようとした、という影響の受け方ですね。例えば、ビブラートするときはボーカルのイメージ、ソロギターの場合は、セロニアス・モンクのように弾くイメージとか。モンクの場合も、ギターで彼のピアノを耳コピするというよりは、ギターに置き換えて表現する、という感じですね。
【田】ギターに置き換えるという行為によって、必然に自分なりの解釈が挟まりますね。
【高】ギタリストの演奏は、そのままフレーズをコピーしてしまいますが、他の楽器だと、行間を読むというか。ギターだと、チョーキングやってる、ハマリングやってる、とか、そういうところが目につきますが、ピアノだと「ここでジャンジャンジャンと演ってるのはなんでかな?ビートを進めたいからかなあ」とか。それをギターに置き換えてみる、といったことですね。ギターよりは音として捉えることができる。ギターの場合は、どうしてもギタリストとして自分が知っていることで判断してしまうところがあるかもしれませんね。
【井】今の話はとても大事なことだと思いますね。最初は、好きなギター演奏をコピーして、その通りに弾いてみたい、というのはあると思いますが、例えばモンクのサウンドをギターで出したいときには、そこにプレーヤーから働きかけがあると思うんです。
ピアノだから、ギターで同じことを演ろうと思っても、決して同じ音にならない。サックスのコルトレーンと同じように弾こうと思っても、決して同じ音にはならないし。その分、他の楽器からのインスピレーションのほうが、自分を通って表現されていく部分が多い気がします。自分のフィルターを通るということは、出てくる音に個性が生まれますよね。
例えばチャーリー・クリスチャンとそっくりに弾きたくて、同じように弾けたとしても、それが個性かと言われると「?」と感じる。ところがマイルスのように弾きたいと思って「ピッキングをこう工夫したら、マイルスのニュアンスに近づくかな」とか、「ギターらしさを消せるかな」とか。自分からの働きかけの部分が大きくなるよね。
ジム・ホールも「ギターばかり聴くな」と、よく言ってましたよ。「これ聴け」と、管楽器ばかりのカセットテープをくれて。ベン・ウェブスターとか、レスター・ヤングとか、それにはテナーサックスばっかり入っててね。彼は「実は、俺は単音のときは、サックスみたいに弾きたいんや」(なぜかジム・ホールが関西弁、笑)と言ってたな。「ギターのコレ聴け」というのは殆どなくてね、よく「ギター以外の音楽も聴け」と言ってました。
【田】バリー・ハリスさんのワークショップでは、どんなことを学んだのですか?
【井】週1回、ニューヨークでやっていたワークショップですね。4時間コースになっていて、はじめ1時間半くらいは、ピアノを相手に、彼のピアノを囲んでやります。そのあとの1時間半はボーカル相手に、最後の1時間は、ホーンやギターなど、全員を対象にインプロビゼーションをやってました。だいたい4時間で終わらないんですけどね。ギターで教えるのではなく、彼がフレーズを口ずさんで、皆ながそれについていく。テキストなんて無くて、口承で教えていきます。「今からブルースインBbやるぞ、4拍目の裏、ルートから半音で下がってこい」ということを彼が言って、カウントが出て、一斉に弾くみたいにね。楽器を超越してましたね。
【田】面白そうですね。受けてみたいです。
◼️(智さん→高免さん)真っ直ぐで、求道者な高免信喜さん
【田】では次に「らしさ」について。智さんからみて高免さんに対して、高免さんからみて智さんに対して、「らしい」と思うところは何処ですか?
【井】高免くんの演奏を初めて聞いたのはステーキハウスだったかな。バークリー卒業からニューヨークに出てきて岡山のギタリスト古川くんと来てくれて。その時の印象は「メチャメチャ真面目なヤツやなあ」と(笑)。すごい真っすぐで。探求しているな、というのが分かって。その時のイメージは今でも続いていますね。
高免くんのトリオの凱旋ライブを聴きに行ったり、数年前には池袋で一緒にデュオをやったけど、「メチャメチャ上手いなあ」という印象だったね。「ずっと追求していると、こうなるんやなあ」とビックリしましたよ。
伝統的な部分と、コンテンポラリーな部分があって、「こんなコードで開放弦使う?」みたいな(笑)。とにかくギタートリオを凄く探求しているよね。ギターもメチャメチャ練習してるんやろうなあ、と。あとはオリジナルをいっぱい作っているということ。高免らしいとこだね。ステージでは、リスナーを大事にしているなあと思ったし。世界のフェスティバルにも出ていたりして、誰も高免を止められないなと(笑)。
最近はYouTubeで教育番組もやっていて。フォロアーも凄い増えているという噂も聞いている。このYouTubeはとても分かりやすい。丁寧に教えている、丁寧な教育者ですね。あれ、褒めすぎた?(笑)えっ?褒め足らん?(笑)
【高】いえ、励みになりました(笑)。
◼️(高免さん→智さん)存在が音楽そのもの。風を掴む。閃きのひと、井上智さん
【田】高免さんから見て、智さんはどんなギタリストですか?
【高】智さんの演奏は沢山お聴きしました。フィリップ・マリーやロスズ・ステーキハウスでのデュオ、極めつけはジム・ホールと、ビレッジバンガードで演奏されていたときとか。ジム・ホールが亡くなったときに、智さんとジム・ホールとのデュオで聴いた感動を思い出して、1曲書いたりしたんです。あと、スモールズでレコ発したとき、海野ただたかくんと、スティーブネルソンと、やってたときとか。ブルーノートでも何回も聴く機会があって。一緒に演奏させてもらったこともあります。
なんて言うか、智さんは音楽そのものという感じ。存在が音楽、ステージにいることが音楽。風を掴むことが上手い船頭というか。音楽の風、行き道を、そっちのほうに持って行くような。指揮者的というのかな。伴奏しているときも、もっとエンハンスするように強く流していくような。それが智さんの個性なんじゃないか、と思って、いつも感動してるんです。
あとは閃きですかね。アドリブのなかに見える、一瞬の閃きは素晴らしいとことだと思います。音楽が一定の方向に流れているなと思ったら、スパッと変わるとか、自然な場面転換があったり。たまにはオヤジギャグのような投げ込みもありますけど(笑)。音を通して、そんな閃きが伝わってくるのはすごく智さんらしいと思います。
【田】智さんは、そういったことを意識されているのですか?
【井】実際の演奏では、あまり考えていないですね。長年の経験から、やっていることが多いかな。無意識に意識しているというか。自然にやっているかもしれないけれど、やっぱりストーリーは展開していってほしいから、意識もしている部分もあるかな。
◼️続きは後編で
以上、「個性を磨く」対談❶の前編です。お互いに褒め合う対談というのも面白いですね。話すほうも、聞くほうも、照れながらも嬉しそう。後編もお楽しみにー
◼️お二人のプロフィール
【井】井上智(さとし)さん
http://www.satoshiinoue.com
ギタリスト/コンポーザー。神戸市出身。関西のジャズ・シーンで活躍後、1989年にニューヨークに渡る。ニュースクール 大学ジャズ科でジム・ホールに、ニューヨーク市立大学でロン・ カーターに学ぶ。ブルーノート、バードランド、スモーク、スモールズ、ジンク・バー、ヴィレッジ・ゲイトなど有名ジャズクラブに自己のバンドで出演、高い音楽性と実力が評価される。リーダー・アルバムは「9 Songs」など9枚を発表。またサイドマンとしてはジュニア・マンス、フランク・フォスター、バリー・ハリス、ジミー・ヒース、ジェイムス・ムーディー、ロン・カーター、穐吉敏子、ジャック・マクダフ、グラディ・テイト、ベニー・グリーン等多くのトップ・ミュージシャンとのツアーを経験。ジャズクラブの老舗ヴィレッジ・ヴァンガードの70周年記念にはジム・ホールと井上のデュオが出演。2010年に21年間のニューヨーク滞在にピリオドを打ち帰国、同年にNHK BSの1時間番組「NY Music Love 井上智」が放映され話題を呼ぶ。井上の「よく歌うギター」は定評があり、東京を拠点に精力的に活動し、新しいファンを増やしつつある。
演奏活動の傍ら、ジャズ教育も精力的に行ってきた。1994年から16年にわたってニュースクール大学ジャズ科で講師を務めた。現在、慶應大学と国立音大でジャズクラスを持っている。「サトシは 即興演奏に伴奏に 才能の閃きをしめし注目される。」 アイラ・ギトラー(ジャズ評論家)「サトシは 鋭い想像力で音楽を創る優秀なジャズギタリストだ。」 ジム・ホール
【高】高免信喜(たかめん のぶき)さん
http://jp.nobukitakamen.com/
1977年広島県広島市生まれ。桜美林大学を卒業後、2001年にアメリカに渡り、ボストンのバークリー音楽大学に入学。2004年に同大学を首席で卒業と同時に、活動の拠点をニューヨークに移す。以来、トリオ、ソロギター演奏をベースにグローバルな演奏活動を続ける。自己のグループでは、Iridium Jazz Club、Blue Note NY、Blues Alleyなどに出演し、世界最大級のモントリオール国際ジャズフェスティバル、そしてその他数多くのジャズフェスティバルからも招聘され出演する。ニューヨークを中心とした演奏活動に加え、北米やヨーロッパでのツアーも行い、2004年からは毎年日本ツアーも行っている。これまでにWhat’s New Records、Summit Recordsなどからオリジナル曲を中心とした7枚のリーダーアルバムを発表し、世界各国のメディアに取り上げられる。特に最新作『The Nobuki Takamen Trio』はオールアバウトジャズ誌で5つ星を獲得し、「これまでに日本が輩出した最高のジャズギタリストであることは間違いないだろう。」と絶賛される。演奏家としてだけでなく、全米のUSA Songwriting Competition 2019のインスト部門で第1位を獲得するなど、作曲家としても高い評価を得ている。演奏家/作曲家としてだけでなく、世界各地のジャズワークショップや学校訪問を行うなど教育面にも力を入れており、ギタリストを対象とした個人レッスン、通信レッスン、YouTubeなどでも積極的に情報を発信している。Acoustic Image社、Raezer’s Edge社、Eventide社、Sommer Cable、Reunion Blues エンドースメント・アーティスト。
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