高内HARUさんのお名前はジャズギターを学び始めた頃から存じ上げていましたが、お恥ずかしながら、暫くは音源をお聴きする機会がありませんでした。高内HARUさんの凄さを知ったのは、著書「VOICE of BLUE 〜舞台上で繰り広げられた真実のジャズ史をたどり旅」を拝読させていただいた時。それから高内HARUさんの音源を探すようになったので、出会い方としてはイレギュラーだったかもしれません。
よくレコードを辿るジャズ史のような本は見かけますが、この本「VOICE of BLUE」は、高内HARUさんならではのプレーヤー目線による、それも現地で体感してきた生々しい経験に基づくジャズ史が綴られているので、比較にならない面白い内容なんです(近く連載「教則本棚卸」でもご紹介させてください)。
それでは、いつもの質問をお聞きしたいと思います。きっと高内HARUさんらしい、独特のコメントをいただけるはず。どうぞ宜しくお願いします。
◼️始められない時、集中できない時の切り札は?
こういう事は全くないので良くわかりません、ギターを持てば楽しいので問題ないのです。集中する、という感覚がないので良くわかりません。
心がけているのは、ギターを持つ以前に僕自身が音楽で、音楽力を持っている事。簡単にいえばギターは道具ですから。
◼️理論を実践に昇華させるには?
誰かが、または個人ではなくてムーブメントとしても、新しい音楽が世に出てからそれをより早くマスターし理解するために研究者たちに理論化されるのは、平均して10年後です。なので自分で作るわけでなくてレシピが有るのですから、自分で作るよりは簡単に到達できます。
理論が難しいというのは慣れてないだけです。音は自然現象なのでどなたの体も同じ現象を起こします。ちょっと頑張れば理論なんていらないのかもしれません。
自分だけのやり方や表現方法は「コンセプト」と言います。これに関するものとは一緒にできないのも理論です。理論は簡単です。まず食わず嫌いを直すとこから始めるといいですね。でも中学校の音楽の授業時に教わった楽典を全て覚えてないと無理ですから、まずそこは復習しましょう。
◼️いまの自分を乗り越えるコツ
僕はいつでも昨日の自分の演奏に興味がなくて、明日の音楽を夢見ています。そのせいか興味はそこにだけあります。でもオートマチズムのように何かが来るのを待つとかそういうことにも全く興味が無く、自分で作ることに興味があります。なので自分をのり超えるという感覚がありません。
◼️ 高内HARU春彦さんプロフィール
作曲家、ギタリスト。
54’宇都宮市生まれ。18歳から20歳の時に渡辺香津美氏に師事。東京造形大学絵画科卒業後’80年に渡米、NYで活動を開始。
’84年NYでの自己のバンド「HIKO BAND」でアルバムデビュー。90年にEMIから『銀河宇宙オデッセイ』を日本と全欧でリリース。92年に米国ブルーノート/マンハッタンレーベルから全米デビュー。その後キングレコード、ポリスター等を経て現在に至る。ウェインショーター、スタンリータレンタイン、ポール・モチアン、ジャコ・パストリアス、ジョージョーンズjr.、デビッド・マシューズ・オーケストラ等多くのバンドを経験。現在は自己のバンドを中心に東京、NY、ホノルルなどで活動中。最新作CDは全編アコースティックギターによる「HARUACO」(Linus)。(i-Tune Store, Amazonから購入できます。)今夏新作アルバム発売予定。
作曲活動では、大英博物館館内環境音楽、NHK「黒い太陽」(カンヌ受賞作)、「山河憧憬」「スティーブン・ホーキング」等多数、著作は「アドバンスト・ジャズギター」、「ジャズギター・コンセプト」がシンコーミュージックから、最近作ではジャズ史エッセイ「ボイス・オブ・ブルー」が好評発売中。
◼️最後に(編集者から)
この連載は、ジャズギターとともに如何に人生を楽しく過ごすか、といった主旨で設問を設定してあります。ゆえに表現者として共通する部分と、その人の個性による部分が見え隠れします。
今回いただいたコメント。取材前に「VOICE of BLUE」の読後メモを読み返したこともあり、高内HARUさんらしさを感じる内容でした。「昨日の自分の演奏に興味がない。明日の音楽を自分でつくる。」は、あるレベルを越えないと見えてこない世界かもしれませんが、目指して精進したいと思います。
なお著書「VOICE of BLUE」では、「日本でしか生まれ得なかった素晴らしいジャズ文化」や「言語や文化の背景を受けた表現」といったことにも触れていらっしゃいます。これは、この寄り道ノートでも大切にしているテーマです。
ようやく念願叶い、高内HARUさんとお会いできて、生演奏をお聴きできたのは中牟礼さんを囲むセッション。残念ながら、セッションの合間では踏み込んだお話もできませんでした。また機会に恵まれたら、この辺りもお聞きしてみたいと思います。
高内HARUさん。渡米前後のお忙しいタイミングでの取材ご協力、ありがとうございました。