ジャズギターに勤しむ方々は、少なからずバークリー音楽大学という名前、聞いたことありますよね。
私がお聞きしている範囲でも、井上銘さん、佐津間純さん、高免信喜さん、富田光さん、ジョン・スコフィールドさん、マイクスターンさんなどなど、素晴らしい方々が卒業されています(50音順)。
私自身はバークリーとは遠い位置にありますが、研鑽に励む身として、最前線の方々が何をどのように磨いてこられたのか、ちょっと気になります。
今回はバークリーを卒業されたギタリスト富田光さんに、ホームページにも載っていないようなことも含めて、バークリーでの経験談をお聞きします。
根掘り葉掘りお聞きしたので、この記事は2回に分けての掲載です。富田さん、宜しくお願いします。
(1)バークリー音楽大学について
◼️まず単刀直入に、バークリーで期待以上に得られたものは何でしょう?
右も左も分からない状態での渡米だったので、ある意味全てが期待以上というか、刺激的な経験でした。
特に、ジャズという音楽においては、“文化の違い”というのをすごく感じました。
日本にいる時は、ジャズの固定観念のようなものを自分も持っていました。オーソドックスなジャズがカッコ良いと思っていたし、スタンダードをやるのがジャズという固い考えしか持っていませんでした。
それが、渡米してから最初に見た学内のコンサートでは、全曲オリジナルかつ変拍子ばっかりという衝撃。「あ、こんなことやっていいんだ!」という、僕が持っていた固定観念が何処かで弾けた瞬間がありました。
とても印象に残っていることがあります。とあるライブバーへWolfgang Muthspielというギタリストのライブを聴きに行ったんです。その時、70も過ぎようかというおばあちゃんが、彼の難解なオリジナル曲を聴いて気持ち良さそうにノっている姿を見て、「あ、日本では絶対見れない光景だな」と感じたことを鮮明に覚えています。
期待以上というか、僕には無かったもの、僕がどこかで封印していた感覚を受け入れてくれたというか、自分のやりたいことを表現すればいいんだと思わせてくれました。音楽の多様性や個々の表現を認める文化というのは、思っていた以上に僕にとっては重要なモノでした。
◼️逆に、期待ほどではなかったことなどありますか?
僕のような立場で言うのもおこがましいですが、やる気のない講師もいました。笑
現在がどうかは分かりませんが、当時は全てがハイレベルなわけではなく、生徒のレベルも講師の教えるレベルもピンキリだなと感じたことは事実です。
◼️カリキュラムや講師はどうやって組まれるのでしょうか?
カリキュラムについては、基本的には全てネットで行いました。今では普通かもしれませんが、当時は全然分からなかったので、日本人の優しい先輩方が助けてくださいました。
僕の場合は、コアなクラスというのは日本の甲陽音楽学院で習得し、全て単位を移行できたので、ほとんどのレッスンを選択で選ぶことができました。
もちろん卒業に必要な単位をクリアしなくてはいけないのですが、それでも自分の取りたいレッスンを選ぶことはできました。
ギターの個人レッスンも、どの講師に習うかは早い者勝ちです。基本、演奏を主とするパフォーマンス科の生徒が優先的に講師を選べる感じでした。今がどうかは分かりませんが、Tim Millerに師事するには、他の生徒が夏休みでいなくなる夏のセメスターしか無理でしたね。
(2)海を超えて本場で学ぶ価値について
◼️日本の音楽学校でなく、海外の学校を選ぶ意味は?
最初にも言いましたが、そもそもジャズ・音楽における文化がまるで違います。日本は今だにジャズとはこういうものだという固定観念のようなものがあるように感じますが、少なくともアメリカではそれを感じませんでした。あらゆるスタイル、あらゆる表現を受け入れてくれる土壌であると感じました。
また、世界中からの留学生が集まっているので、多種多様な音楽スタイルに出会うことができますし、単純に各国の猛者達が集まってくるので、たまにとんでもない化け物にであえることも大きな魅力です。
海外留学というより、バークリーというネームバリューがそうさせている面もあると思いますが、日本に居ては絶対に知ることのなかった音楽や音楽に対する考え方に出会えたことはとても大きな財産になっています。
◼️学費¥1000万/年×4年との噂も聞きます。実際はどうなんでしょう?
正直、学費は高いです。笑 僕が通っていた時分よりも今は随分高くなっているようです。
秋学期・春学期・夏学期の3セメスターを全て受講した場合は、ザッと1000万くらいは必要になると思います。
ただ、夏学期は基本ほとんどの生徒が夏休みで実家に帰ったり、国に帰ったりします。ですので、実際は2学期分の学費が必要になりますね。
僕は奨学金試験で1万ドルを獲得することができたので、毎年1万ドルを奨学金で賄うことができました。それがなければ留学は無理だと思っていたので、奨学金試験はかなり頑張りましたね。
◼️国境を越えた交流、人脈の価値については如何ですか?
やはり海外留学する上で外せないのが、日本人以外とのコミュニケーションだと思います。
日本人にはないものをたくさん感じることができます。僕は日本に帰ってきて日本で生活するつもりだったので、人脈という意味ではそこまでメリットはなかったですが、海外生活を目標にしているのであれば、日本人以外との繋がりは非常に重要になってくるのではないかと思います。
◼️通信教育の制度もある様子。アリですか?ナシですか?
通信教育のプログラムについては、どのような内容で、どのような形式なのかをよく知らないので何とも言えませんね。ですが、通信教育プログラムは、基本的に受け手側によるものだと思います。
やる気があって本当にモチベーションが高ければ、通信教育でも十分その価値を得ることは可能だと思います。自分をきちんとコントロールできる人は通信教育でも全然良いと思います。
どちらにせよ実践的な内容ではなく理論的な内容が主となると思うので、きちんと理論を学びたい人などにはとても価値のあるモノだと思います。
(3)バークリー理論について
◼️バークリーと言えば理論という印象があります。授業にも特徴があるのでしょうか?
確かにレベルの高い理論系のクラスはありました。日本では学べないような内容や考え方などもあると思います。
履修する科目は、専攻するコースによって変わるので、どの専攻を選ぶかも大事になってくると思います。
◼️講師によって、教える内容や教え方にムラ(当たりハズレ)はないのでしょうか?
当たり外れというよりも、「合う合わない」という言い方の方が良いと思います。
自分が学びたいことを得意としている講師を探して、その講師に指示を仰ぐのがベストですね。どの講師が良いか、どの講師がどんな内容を教えているかは生徒間で情報共有が可能なので、一か八かで講師を選ぶことはせずに、情報を集めてから講師を選択していくのが良いと思います。
(4)(少し話題を変えて)アメリカでの暮らしについて
◼️パークリー音楽大学のある、ボストンという地域はどんなところですか?
(ボストン:マサチューセッツ州の州都。米国にてニューヨーク・ロサンゼルス・シカゴ・ワシントンD.C.に次ぐ、5番目に大きい都市。 NYから電車で3.5時間)
ボストンの街はとても好きです。学生の街というだけあって、街には若者が多く歩いている感じです。ハーバード大学やMITなどの名門大学のキャンパスにも行くことができたり、ギターセンターなどの楽器屋さんもあります。
少し電車に乗ればダウンタウンへ出ることができます。よく服を買ったりご飯を食べに行ったりしましたね。ダウンタウンにはチャイナタウンがあり、美味しい中華料理店や、日本食が売っているスーパーなどもあります。
僕は野球好きなので、フェンウェイパークへよく友人と野球観戦に行きました。マリナーズがボストンに遠征しに来るときにはイチローさんを見に行ったり、ちょうど松坂投手がレッドソックスに加入した時にボストンにいたので、先発する試合の日にはよく観戦しに行きました。
他にも、大学の近くにはボストン美術館があります。僕は印象派の絵画がとても好きなので、よく見に行きました。学生証を見せれば無料で入館できたと記憶しています。作曲のイマジネーションを得たりするのに、美術館には頻繁に通いました。
ボストンの中心を流れるチャールズ川沿いを歩くのも好きでした。一時期、チャールズ川沿いのアパートに住んでいたこともあって、よく気晴らしに出かけました。
海沿いまで行けば水族館もあるし、レッドライン・グリーンラインなどのメトロを乗り継げば、美味しい日本食レストランや日本の食材や調味料などが売っているスーパーなどにも簡単に行くことができるので、ほぼ不自由なしに生活できると思います。
◼️会話力はどのくらい必要でしょう?行く前と行ってから。
英会話については、多少は英語慣れしていくべきだと思います。
今、入学するのにどの程度の英語力が必要なのかは知りませんが、当時はかなりヌルかったです。全く喋れなくても入れたし、入ってからでも何とかなりました。ただ、時間を無駄にしないためには、英語はきちんと勉強してから行った方が良いと思います。
僕の場合、留学しても周りには日本人がたくさんいたので、英語漬けになるという感覚はなかったです。それが心地良かった面もありましたが、英語を話すということにおいては、もっと日本人以外とコミュニケーションを取るべきだったかなと後悔しています。
生活する分には、さほど会話力も必要ありませんが、音楽に関する専門用語などは事前に知っておくとスムーズに授業に入っていけると思います。
(5)前編の締めくくりに(編集者から)
富田さんの、日米のジャズ文化の違いに関するコメントは、とても興味深いです。
「日本には今だに、ジャズとはこういうものだという固定観念がある」
「アメリカには、あらゆるスタイル、あらゆる表現を受け入れてくれる土壌がある」
最近、イスラエル大使館の方からも同様の指摘をお聞きしたばかり。またボサノバの世界でも、ブラジルと日本で、類似のことが起きていると聞きます。
温故知新の捉え方も人それぞれだと思いますが、世界に通じる、日本のジャズ文化を共に創ってゆけたら面白いですね。第一線のプロミュージシャンだけの話じゃなくて、聴く人・演る人・支える仕組みなど、全てひっくるめてのことだと思うので、他人事でもない気がするし。
前編はここまで。この続きは後編で。お立ち寄りいただき、ありがとうございました。