昨年2022年の夏、「名工に聞く」の連載で、オカダ・インターナショナルさんを訪問し、ご紹介させていただきました。
先月、オカダ・インターナショナルでギター部門の責任者、菊地嘉幸(きくち よしゆき)さんから、新しいフルアコが完成した、とのご連絡を頂きました。菊地さんのお名前をブランド名に冠した「Kikuchi Guitars 」、スプルーストップのフルアコ(NY155)です。
前回訪問の際に、デザインのスケッチを見させていただいたり、お話を伺っていたので、ワクワクしながら完成を楽しみにしていました。初回製作本数は12本のみ。既に10本は販売店へ嫁入りしていて、残る2本も、注文が入り次第、出荷してしまうとのこと。
幸い自宅から1時間ちょっとで行ける場所ということもあり、ギタリストの矢羽佳祐さんをお誘いして伺ってきました。
◼️ Kikuchi Guitars NY155 まずは外観から。
まずは外観写真を。色は「Vintage Yellow」「Almond Burst」「BrownSunburst」の3色。今回、試奏できたのは前者2種です。写真で凄さが伝わるかどうかですが、めちゃ美しい。 私は断然「VintageYellow」推しです。
◼️スペック
ボディ:幅 : 15.5” 、厚み : 2.75”
トップ : Solid Spruce Press Arch Top
ボディ材 : 5-Ply Flame Maple Laminate Side & Back
ネック材 : 5-Ply (Maple/Walnut/Maple/Walnut/Maple)
フィンガーボード: Ebony材(シマコク)、22フレット
スケール : 24.7” (628mm)
ナット:素材Tusq、幅43mm
ヘッドアングル : 14°
指板R : 12” (305R)
ペグ(チューナー) : Gotoh SG301-EN01/B
ピックガード /ブリッジ /テールピース材 : Ebony
ピックアップ : Original Mini Humbucker (Floating Mount)
コントロール : Volume,Tone
弦セット : .011-.050
備考 : 専用ハードケース付
定価:¥660,000(税込)
◼️抱え込みやすい.
ボディ厚70mm。長年ストラトを使い、ここ数年で、ジョージベンソンモデルからセミアコに流れてきている私にとっては、とても抱え込み具合が良く、弾きやすく感じました。
◼️トップに、ツマミの穴すら、あいてない
ピックアップはフローティングです。そして、ボリュームとトーンのツマミ(ポッド)がトップに見当たりません。
では、ツマミは何処に付いているのか。写真でも分かりづらいと思いますが、ピックガードの下から、ポケットラジオのように、ダイヤル(サムホイールタイプ:下記リンク先参照)がチョコっと顔を出していて、調整できるようになっています。
(参考HP)サムホイールタイプのコントロール 使用パーツ
https://www.stewmac.com/electronics/components-and-parts/potentiometers/schatten-thumbwheel-controls
ボディの響きを優先し、ピックアップやツマミ類など、とにかくボディに穴を開けない配慮。ここまで徹底された設計のフルアコを見たのは初めてです。
ツマミで調整する普通のフルアコよりは、演奏中に小まめに調整するのは難しいと思われます。このサムホイールタイプのコントロール部分はプリセットボリューム/プリセットトーンとして使用し、全体的な音量調整はボリュームペダル等で行うことを前提に出音の美しさを優先して採用しました、とのことでした。
◼️こんな小さなピックアップなのに
写真で伝わるかどうかですが、とてもとてもピックアップが小さくて薄いです。コイルをテンション高めて巻くことで、ラージハムバッカー的な出力を確保しつつ、ピックアップ躯体に収める工夫をしています。
◼️ピックアップの高さは個体ごとに調整
ギターは木材製品なので、ネックを組み上げてみると、微妙な高低差が生じるそうです。このフルアコはピックアップをネックに取り付ける方法を採用しているため、連動してピックアップの高さにも影響が生じます。ゆえに1個体づつピックアップの高さ調整を丁寧に施されているそうで、想像以上にご苦労をされたそうです。
◼️あえてポジションマークは入れていない
指板及びフレットの仕上げ調整は、正確な音程やフィンガリングのスムーズさに直結するため、もっとも気を遣うポイントのひとつ。
菊地さん曰く「仕上げ段階で、フレットを削って調整をするのでは(特にセットネック構造では)フレットの高さを均一に残すのは難しく、ポジションによって弦と指板の距離を揃えることができないんです。そこで塗装乾燥工程で熱が加わり木部(指板面)の狂いを出しきったところで、手作業で指板面のストレート出しをしてゆくのですが、インレイなどの指板トップのポジションマークは、フレット木材と硬さが異なるため、細かな追求の邪魔となる存在なんです」とのこと。
そんな訳で、このギターには、トップのポジションマークが埋め込まれていません。なお、ネックのバインディング部分(ネック横)に、ポジションマーク(ドット)が付いています。
◼️ハイポジションまで弾きやすい
私自身はハイポジションまで弾きこなせませんが、このギターは22フレットまであり、奥まで指が届くようシェイプも配慮されています。矢羽さんは、とても弾きやすいと仰っていました。
◼️低い弦高にも対応可
指板の形状と弦高調整は、プレーヤーの好みが別れるところ。作家や楽器によって設計の考え方も異なります。本機は 弦高を0.8〜1.2で基準調整しているそうですが、0フレットから最終フレットまで弦を張った状態で指板が真っ直ぐになるように手を入れているため、好みによって更なる弦高下げにも対応可能。その場で調整してくださったのですが、0.4mmくらいまでは余裕で大丈夫な感じでした。
◼️生音も、アンプ音も美しい
録音していないのでお聞きかせできず申し訳ありませんが、アンプを通さないナマ音がアコースティックギターのように美しく響いていました。そして、ヘンリクセンアンプを通した音は、とても澄んでウォームな音。ギターを弾き比べた経験の少ない私の感想では説得力ありませんが、最上級の美しい音がします。このギターをポロポロ弾いているだけでも幸せになれそうです。
◼️矢羽さん「新たなフルアコ像が見えた」
矢羽佳祐さんに、試奏してみての感想をお伺いしました。
「今回試奏をさせて頂き、改めてフルアコは面白いと思いました。フルアコと言っても、アコースティックの鳴りを追求したモデルもあれば、エレキの特性を活かす方向で調整されたモデルもあります。その観点から見ると、今回試奏したギターは僕が知る中で最もアコースティックを追求したフルアコでした」
「しかし、このギターの驚くべきはアコースティックの追求だけではありません。菊地氏の並々ならぬ拘りと見識から導き出された電装系の画期的な配置や木製品に特有の骨が折れる作業を丁寧に行った結果として、新しいフルアコ像を見せてくれました。このギターを手にしたプレイヤーから新しい音楽が生まれる日を楽しみにしています」
◼️ 菊地 嘉幸(きくち・よしゆき)さん プロフィール
岩手県出身。1993年 単身渡米し、Sadowsky Guitars NYC の工房で技術を学ぶ。帰国後、Sadowsky Tokyo をスタート。Roger Sadowsky との密接な関係を保ちながら、JT シリーズ、Metrolineシリーズ、Sadowsky TYO などを世に送り出す。2019年 Three Dots Guitars を立ち上げ。2023年 自身の集大成としてKikuchi Guitars を立ち上げ、今日に至る。
◼️最後に(編集者から)
2023/11/25時点で、オカダ・インターナショナルさんに2本の在庫があります。先行して出荷されてしまった10本も、各店に残っているかもしれません。ご興味ある方は探してみてください。
GUITAR PLANET(お茶の水)、島村楽器 錦糸町パルコ(錦糸町)、宮地楽器 ららぽーと立川立飛(立川)、ウォーキン(渋谷)
愛の詰まった初回ロットは12本限り。次のロットには、新たに改変が入るそう。初回ロットならではの菊地さんが詰め込んだ愛情の深さに、12本だけの限定感も重なって、モノや音の良さもさることながら、ついつい衝動買いしたくなるギターでした。
羨ましくもご購入される方がいらっしゃいましたら、ライブでの音も聴いてみたいので、こっそり教えてください。お声がけくださった菊地さん、当日お世話くださった常盤(ときわ)さん、ご一緒くださった矢羽さん。楽しい時間をありがとうございました。