4回連載「デジタル音源」の3回目、テーマは「プロデューサーの思い」です。
録音や音源化の世界にも、演奏のスタイルと同様に、テクノロジーだけでない、哲学や技能が存在します。ひとつの音源に対して、評論・批評・論争が飛び交っている場面も散見され、迂闊に踏み込めない世界でもあります。
そんな世界の現場を垣間見たく、今回は、竹田一彦さんのアルバム「TAKEDA MEETS TANA AGAIN」をプロデュースされた、ShinRec 礒村信一郎さんに、ライブ録音にあたっての拘りなどをお聞きしてみます。

(HP)www.shinrec.com
(Instagram)www.instagram.com/shinrec_38ins
お一人のプロデューサーが、どんなことを考え、どう向き合っていらっしゃるかをご紹介して、演奏家として、録音・音源化への、意識・関心・拘りを持つキッカケになればと思っています。
では、磯村さん、宜しくお願いします。
◼️あまりにも楽しそうに演奏されていたから
このCD制作のきっかけは竹田一彦さんがタナ・アキラさんとライヴをされている時のこと。竹田さんがあまりにも楽しそうに演奏されるのを聴いて、是非CDを作りたいと思いました。幸い、タナ・アキラさんの再来日のタイミングに合わせて録音を実現することができました。
私は会社員の傍ら録音とCD制作を始めましたが、ひとえに竹田さんの演奏を後世に残したい一心からです。従って竹田さんの存在無しでは、私が会社引退後にShinRecというレーベル名で起業して録音とCD制作はしていなかったと思います。
竹田さん関連では、私はこれまでにLive at Just in Time(録音のみ)、I Thought About You、そして Takeda Meets Tana Againの3作に関わってきました。勿論、私の力だけでは到底不可能なので、録音の際には長年の友人である東浦信二氏がエンジニアを務めてくれます。又、Waon Recordsの小伏和宏氏には常に懇切丁寧にアドバイスを頂いています。


◼️当たり前のことを当たり前に録音する
録音の際に拘っていること。一言で申し上げますと、当たり前のことを当たり前に録音することです。
世間では録音はマルチ(楽器毎にマイクを当てがえて録音し、後で編集する)方式が主流です。録音側(以後、エンジニアと表現します)が編集の段階で勝手に楽器の配置を変えたり、リバーブ(残響)をかけたり。これらの作業は演奏者の意思に関係なく、自由自在に行われます。私が考えるに既に演奏者の手を離れ、別のものに変わっているような気がします。
尤も、演奏者は演奏後その役割を終えて、すっかりエンジニアに任せてしまっている場合が多いのかも知れません。勿論、音楽の内容によっては演奏から音源制作まで一貫作業とされているものもありましょう。演奏者とエンジニアが共同で加工・修正したり、オーバーダビングすることもあるでしょう。
一方、私はライヴ演奏のように演奏者のありのままを捉えて、聴き手に提供したいと考えています。録音に当たっては、ホールを借り切って無観客、ホール自身もリバーブの少ない会場を選んでいます(その理由は後述します)。
全ての楽器が同じホールの中で演奏され、スタジオでのマルチ録音のように、ドラムスだけ別のブースにすることはありません。
◼️耳は2つ、だからマイクも2本
人間の耳が2つなのでマイクも2本が良いと思っています。マイクの数が増えれば、増える程不自然になり、写真に例えると合成写真のようになって行きます。立体感(空気感)も損なわれてしまいます。

ICレコーダーなどを使ってステレオ生録をすると、意外に臨場感があることにお気付きになられたことはありませんか?マイクの数が少ないためにそういう結果になるのだろうと思います。更に屋外ですと風のささやきや、鳥の鳴き声、自動車の騒音等いろいろなものが録音されますが、それらが極めて自然な形と私は考えます。
私即ちShinRecレーベルとしては、一貫して2本のマイクで演奏を録音し、録音現場の状況を音源としてそのまま形 (現状はCDのみですが) にすることを信条としています。演奏者の息遣いや物音等も、音楽自体に影響を及ぼさないのならば、そのまま残しておきたいという考えです。私の録音する音楽に於いては、音源に手を加えることは確実に音質の劣化に繋がるので避けるようにしています。
◼️楽器とマイクの配置が最重要
マイク2本だけの録音の場合、楽器毎に音量が異なりますので、楽器の配置決めが重要です。私の場合、所謂一発録りで、後で曲の始めと終わりを切り取る程度の編集しか行わないので、録音当日に慎重な作業が必要です。
特に竹田さんとタナさんの録音のような場合、音量バランスの調整に一番神経を使います。ギターの音量に焦点を当てるとドラムスの音が大きすぎて録音全体の音が歪んでしまいます。これを回避するためには2本のマイクから音の大きな楽器を離すしかありません。従って、ドラムスをマイクから距離を取り、反対にギターはマイクに近づけることになります。

私がホールでの録音を好む理由の一つに、楽器とマイクの距離が十分に取れることが挙げられます。楽器の配置決めとマイクの設置決めには時間が掛かりますので、演奏者から嫌がられることが大変辛いところです。
また、演奏者はマルチマイクで録音することが当然のように考えておられるようですので、私の方式がなかなか理解頂けないようです。ドラムスが無いような極端に音量の異ならない編成の録音はこれらの作業が比較的スムーズに行くのは言うまでもありません。
◼️ギターの生鳴りを生かす
アンプを使った場合、ギターとアンプ(エフェクターを含む)で音を作り上げるものと、ギターの音を単に増幅するもので勝手が違ってきます。ジャズギター(特に竹田さんの演奏のような)場合は、後者に当たりますのでアンプの音量をあまり上げずに、フルアコの生鳴りを生かす方が好ましく聴こえるという考えで録音に臨んでいます。
ところで、クラシック・ギターの録音は何故かリバーブが掛かった録音が多く存在します。リバーブの多い場所での録音なのか、編集の段階でリバーブを加えているのか定かではありませんが、クラシック・ギターにはリバーブが必要という固定概念のようなものがあるのかも分かりません。私はリバーブが多いと、音の芯がぼけてクラシック・ギターの繊細なところが損なわれると考えています。

手前味噌で恐縮ですが、2021年11月にWaon Recordsの傘下のAlquimistaレーベルから関西のクラシック・ギタリストの島崎陶人氏のTOHJIN classical guitarist (ALQ-4840) を発表しましたが、これはホール録音ですが極めて残響が少ないホールを選んでの録音です。ここでは、ギタリストの島崎氏独特の奏法とラミレスを改造してブリッジレスにした非常に立ち上がりの鋭い演奏と音質を聴くことができます。

■有観客録音の難しさ
ライヴ録音において狭いライヴハウスと広いホールでは全く状況が異なるのですが、 通常ライヴハウスでのライブ録音では悪条件が重なります。ドラムスが入った編成ですと、簡単に音が歪んでしまいます。
我々の場合、それでも録音レベルを支障がないところまで下げて、何とかギリギリのところで録音したことが何度かあります。勿論、歪んで使い物にならない演奏も発生します。
巷ではこのような場合は、リミッター等で音を圧縮して録音しますが、ダイナミックレンジが損なわれるので我々はリミッター等は使いません。アナログの時代ではテープレコーダーのヘッドルームに余裕があって、少々レベルメーターが振り切っても歪を感じさせない録音ができましたが、デジタルでは無理なので、リミッターは必須でしょう。
加えて観客の拍手や歓声等でも音が歪んでしまいます。言葉は悪いですが、それらは雑音以外の何ものでもありません。予め演奏者からライヴ録音のアナウンスがなされると、演奏を盛り上げようと必要以上に拍手をされる方がおられて、大変困ったこともありました。
このように狭い会場では楽器の編成次第で2本のマイクによる録音は制約が多すぎて、通常はマルチマイクに頼らざるを得ないでしょう。それでもShinRecとしてはリミッター無しで、2本のマイクで挑戦し続けたいです。固定概念にとらわれず(これが一番大切!)、最初から諦めずに現場で何とか工夫してやってみようと思います。
■裏方も楽しまなければ、聴き手もつまらない
現実にはそれ程録音の機会もありませんし、もう良い年齢になりましたので、マイペースで丁寧なCD制作を楽しく続けて行きたいですね。演奏者もそうですが、裏方も楽しまなければきっとCDの聴き手もつまらないですよ。
◼️参考(編集者が加筆):竹田一彦「TAKEDA MEETS TANA AGAIN」
〜Kazuhiko Takeda Trio with Akira Tana 〜

「ステレオペアマイク+5.6448MHz DSD(※下記注)による高品位録音ジャズ・アルバム第2弾。日本を代表するベテランジャズ・ギタリスト竹田一彦のリーダーアルバム。アメリカをはじめワールドワイドに確固とした人気を誇るAkira Tanaのドラムスとの競演。二人は以前にも彼の地で共演し、熱いセッションを繰り広げており、ここでも変わらぬ素晴らしい演奏を聴かせます。ピアノ、ベースには竹田とは鉄壁のトリオとなる安次嶺悟と井上幸祐をフィーチャー。ライブさながらのセッションをお楽しみください。」(文:山中弘行)
【演奏者】
竹田一彦(g.)、アキラ・タナ(ds.)、安次嶺 悟(pf.)、井上幸祐(b.)
【収録曲】
SOMETHIN’ LIKE BAGS、NIGHT TRAIN、LIKE SOMEONE IN LOVE、HOW HIGH THE MOON、CORCOVADO、LOVE FOR SALE、BLUESETTE、OUR DELIGHT、IF YOU COULD SEE ME NOW
【商品概要】
レーベル:WAON RECORD
http://waonrecords.jp/waoncd3020.html
フォーマット:5.6448MHz DSD Recording & 192kHz 24bit Editing
録音:2015年4月9日、KOKO Plaza Studio(新大阪)
発売:2015年9月28日発売
価格:¥2,690-
※(編集者注)高音質音源には、ハイレゾの他にDSD(Direct Stream Digital)方式が存在。SACDはDSD方式。100kHzをはるかに超える非常に広い再生帯域と、可聴帯域内での十分なダイナミックレンジの両方が確保でき、原音をより忠実に再現できる。
◼️最後に(編集者から)
礒村さんのお言葉には、幾つも惹きつけるメッセージがありました。「当たり前のことを当たり前に録音する」「人間の耳は2つ、だからマイクも2本」「マイクの数が増えると、合成写真のようになっていく」などなど。

マイクを多く立てるような録音が向いているジャンルや編成もあるでしょう。ただ、3〜4人くらいまでのコンボ編成で、PAスピーカーの出音よりも生音がメインとなる、ジャズならではの演奏では、礒村さんのスタイルは理にかなっているように思いました。
デジタル音源は、生で聴く面白さには到底敵いません。しかし、後で丁寧に聴くことで細かい表現や掛け合いが再発見できたり、例え現場に立ち会えなくとも擬似体験させてくれる貴重なコンテンツです。また、メンバーが固定されず、編成や場ごとに、新しい作品が生まれてくるのも、ジャズの醍醐味。今後、演奏家にも収益が分配される前提で、多様な音源が市場に出てくることを期待したいですね。
大切な視点を提示してくださった礒村さんに、改めて御礼申し上げたいと思います。礒村さんご自身もジャズギタリストでいらっしゃるそう。これからもギタリストの貴重なライブ録音、世の中に送り出してください。お忙しいなか、インタビューご協力ありがとうございました。
今回は以上になります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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