弦楽器 研究者を訪ねた

先日、自由ヶ丘ヴァイオリンの横田直己さんを訪ねました。横田さんは、本職でヴァイオリンやチェロの販売・修理をなさっていて、長きに渡り「弦楽器の響き(音色)」に取り組まれている、知る人ぞ知る研究者です。

横田直己さん

私は、20年くらい前、実家が都立大にあり、私自身も緑ヶ丘に住んでいたので、自由ヶ丘界隈は昔懐かしい土地です。しかしながら住んでいた頃は、横田さんのような凄い方が近所にいらっしゃることはつゆ知らず、勿体無いことをしました。

■インタビューにあたって

横田さんが扱っているヴァイオリンやチェロは、初心者用の6万円くらいから数百万くらい、高い楽器で¥7000〜8000万という世界。ジャズギターで論じられる度合いと比較して、追求の深さが半端でありませんでした。

Old Italian Cello c 1680 – 1700

皆様もご存知の通り、楽器の音色は、多様な要素が複雑に絡み合って成立しているもの。ゆえにヴァイオリンにおいても、未だに謎の部分も多いようです。横田さんは、長い年月を掛け、膨大な楽器を自ら観察・計測、比較・解析され、弦楽器の響きについて、読み解きを行われてこられました。

今回、5時間近くに及ぶロングインタビューだったのですが、ここでは、トピックス的なことだけでも、お伝えしたいと思います。

■弦楽器の響きについて

「弦楽器の特質を考えるとき、まず、弦は『緩む』ことで波のような 運動をし、それが進行波、そして反射波となり振動を形成することを念頭に置いてください。」

「弦楽器は、弦の振動が、それぞれの部品や部材を振動させ、それらの波が加算されていく現象によって、楽器総体としての響き(音色)を発生させています。」

87 Zuill Bailey- Tarisio Goffriller Cello ex Schneider 1693年

「ヴァイオリンやチェロ、ビオラなどは、F字孔周りの振動と、共鳴部の響きによって独特の音色を生みだしています。そして この発音システムでは『ねじり』による表板などの『ゆるみ』が、共鳴という現象を発生させる要となっていると考えられます。」

■ ヴァイオリンは 「左右対称」ではない!?

「(下図)左右の突出部を比較してみてください。突出部(コーナー)はシンメトリックでなく、裏板に向かって右側のほうが大きく作られています。名器とされる楽器を検証してみると、それが意図的な設計であることは明らかです。」

Nicola Albani, Worked at Mantua and Milan 1753-1776

「また、アーチトップの盛り上がっている等高部分を解析していくと、軸をわざと中心から斜めにズラしていることが分かります。これが響胴のねじり軸として機能すると、スムーズにゆるみが生じるのです。」

■響きへの追求は細部にまで施されている

「多くのヴァイオリン・チェロを比較解析しているうちに、縁取りや角ブロックの継ぎ目など、長期使用による摩耗や、修理時の誤差と捉えられそうな箇所にも、微細で意図的な加工が施されていることが分かってきました。」

「つい大きなところに目が行きがちですが、サンドペーパー(粒度400)で、表板や裏板のへりにある急所をわずかに磨くだけでも、音色は変化します。何処に、その急所があるかは経験則ですが、名器と呼ばれる楽器には、そうした調整の痕跡が証跡として記録されているのです。」

■ヘッドの大きさにも意味がある

「ヴァイオリンなどの弦楽器は、発明時から ( A )ヘッドと ( B )響胴 が対で揺れるように設計されていたと考えられています。」

「ヘッドの揺れが持続する時間を長くすると、対で揺れる響胴内の共鳴現象を豊かにできます。ヘッド端部の突出部分は、ヘッド部がバランスのよい揺れかたをするように、アンカーとしての役割が与えられています。」

Box Joseph Thomas Klotz Violoncello piccolo Mittenwald 1794 ( 1743-09 )Sebastian1696-68 Egidius w-05

■ネックと指板部はヴァイオリンの要

「オールドヴァイオリンにおいて、響きに直結する割合を考えると、ヘッド30%、ネック25%、指板15%、響胴30%位と捉えることができます。」

「ネックと指板部は一つの構造と考えると、腹であるヘッドと響胴からなる両端部より 、節であるネックと指板部の方が、ヴァイオリンの揺れに与えている影響は大きいとも言えるのではないでしょうか。」

「名器のネックは、演奏上の音域構成だけではなく、響きに大きな影響をあたえる重心位置などに、細やかな配慮がなされています。」

■指板の素材

「厚く重い指板が、新作弦楽器だけでなく、オールド・ヴァイオリンなどにも取り付けられている状況に警告を発したい。なぜなら、ネック部が硬くなりすぎて、それが弦楽器の響きの不全を招くからです。」

■弦楽器を演奏する人たちにメッセージを

「私の場合で恐縮ですが、23歳のころ1週間で仕事を決めて、それから 37年間続けています。好きなこと‥ 愛していることを追い求める行為は『自分が考えて生みだす”限界”』を突破させてくれました。考えることより、行いがより重要であると知りました。横田 直己」

■プロフィール :  横田直己(自由ヶ丘ヴァイオリン)

1960年生まれ。 長崎県出身。日本大学芸術学部  美術学科  彫刻専攻卒業。  :   弦楽器工房で6年間修行の後1989年東京都目黒区自由ヶ丘に弦楽器工房 “自由ヶ丘ヴァイオリン” を設立。1997年より多摩美術大学大学院を終了し建築設計に従事していた妻が工房の業務に合流する。ヴァイオリン族( ヴァイオリン、ビオラ、チェロ )の受注制作と弦楽器と弓の販売や楽器修復などを業務としている。ヴァイオリンのレッスンを担当する長女をはじめ四女に恵まれ6人家族。

■最後に(編集者から)

今回、浴びるほど貴重なお話をいただきながら、1%もご紹介できませんでした。実際には、ティッシュ箱を使い原理を解説してくださったり、チェロやリコーダーを弾かせてもらったり、無知な私にも分かるよう、優しく丁寧に紐解いてくださったのに。

ご興味ある方は下記サイトに、研究内容の一部が公開されています。
http://www.jiyugaoka-violin.com/site/

横田さんの説明では、ストラトのジョイント部分が原型デザインであった3点支持に戻されたのも、ヴァイオリン同様、意図的に揺れを戻すための処置だったそう。

正直なところ、私自身はこれまで、あまり楽器の細部デザインと鳴り(音色)の関係を意識していませんでした。今回、お話をお聞きして、レスポールやストラト、箱モノを始めとする名器に、ヴァイオリンの名器に共通する、言葉に出来ない「型」が感じられるのは、そこに、ある種の機能とデザインが融合した完成形があるからなのかもしれないな、と感じています。

また、楽器の細部に音色の魂が宿る話は、以前にご紹介した椎野秀聰(ひでさと)さんも執筆本(https://jazzguitarnote.info/2019/12/15/book-7-siino/)の中で、またRegalPlace野口さんもメンテナンスの会話の中で、同様のことを仰っていました。極めた人たちの共通のコメントゆえ、そこに真理があるのでしょう。もっとも横田さんが仰る「細部」が指すところの意味は、専門家ですら見落としがちな驚異的に微細な世界でしたが。

横田さま。ご多忙な中、貴重なお話をありがとうございました。

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